2016年6月1日水曜日

佐藤天彦名人誕生

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佐藤天彦名人誕生

shogi

昨日、名人戦第五局が行われ、弱冠二十八歳の佐藤天彦八段が新名人になった。
初戦を負けてからの四連勝での名人奪取。
将棋ファンなら、棋譜を見れば分かる通り、勢いで勝ったのではなく、内容面でも羽生先生を圧倒した将棋だった。
佐藤天彦先生(以下、天彦先生)は、ここ数年タイトル戦にも何度か顔を出し始めるようになったが、それまでの下積み生活がずっと長い先生の一人であった。
かつて三段リーグで、フリークラス入り宣言を行わずに三段リーグに留まり、実力で三段リーグを突破した強情さと確かな実力を兼ね揃えた棋士であったものの、なかなか芽が出なかった。

佐藤天彦先生の活躍まで

彼の実力が発揮され始めたのは2014年頃から。
B級2組を九勝無敗の無傷で駆け上がり、2015年はB級1組を十勝一敗で突破。
そして、昨年度はA級初年度ながら八勝一敗で名人挑戦、そして、名人奪取という恐るべきスピードで駆け上がった。
名人戦は非常に時間が掛かる棋戦である。
最速でも、C2→C1→B2→B1→Aなので、五年は掛かる。
天彦先生が四段になったのは2006年なので、十年掛かった計算になるが、それでも十年というのは並の棋士からすると、相当早い。
デビュー後七年で名人になった谷川浩司を別格とすれば、歴代でもかなり早い方である。
(最も、プロデビュー後十年以内で名人になった羽生善治(実質八年)、佐藤康光(九年)という化け物共が存在するので、天彦先生の記録は霞んでしまう)

歴史的瞬間

将棋ファンとしては、歴史的瞬間に立ち会えたのだという実感がある。
相手はあの羽生善治永世名人だ。
最近の将棋の内容は悪くなっているものの、唯一七冠独占を果たした男であり、今なお複数のタイトルを所持している規格外の将棋お化けである。
その羽生先生を相手に、天彦先生は果敢に立ち向かった。
ターニングポイントになったのは名人戦第二局。
並の棋士ならば、羽生先生のミスに気づくことは無かっただろう。
しかし、天彦先生は、そのミスに気づいた。たった1手のポカミス。
それを見逃さずに、逆転勝ちに持って行ったのだ。

これが、呼び水となり、以降は天彦先生有利の将棋が繰り広げられた。
内容も充実しており、実力で完全に羽生先生を上回っているのは、はたから見ても明らかであった。
しかし、相手はあの羽生善治だ。
最後まで油断することの出来ない規格外の化け物だ。
天彦先生は、最後の最後まで油断すること無く勝ち切った。

名人戦最終局について

最終局の将棋は、横歩取り後手番で、8四飛を選択。その後、歩の合わせから8五飛と引く珍しい形になった。
後手が一手損をしているのに、形としてはなぜか先手の模様があまり良くなっていないという非常に複雑な将棋だった。
この形で先手駄目ならば、もっと別の手をさらに先の方で選ばなければならないという程の内容である。
横歩取りは、専門外なので、僕自身自信を持って言えないのだが、それほど複雑な形の将棋だったのが印象深い。

横歩取りに強いという事について

天彦先生は、後手番横歩取りでの勝率が高い事で有名だ。
特にここ数年では負けのほうが少ないほど勝っている。
同じ形で勝っているのではなく、色々な形で勝っているのだ。
これは、横歩取りの序盤研究を深くしているという事と、終盤での強さを兼ね揃えているということの証左である。
横歩取りは、序盤からいきなり終盤になるような将棋が多く、将棋ファンの中でも相当コアな人でないと理解が追いつかない将棋の一つである。
手の損得はもちろん、駒の損得に関しても、通常の感覚を度外視した将棋が多い。
したがって、その意味を捉えるのが非常に難しい。
プロですら難しいと感じているその将棋を確実に自分自身の物としているのが、天彦先生の強さだと思う。

ちなみに、羽生先生が横歩取りに弱いかというと、そういう事は無く、むしろ横歩取りで1番強いのは羽生善治では無いかと言われるほどの鬼畜っぷりを示している。
盤面が複雑になればなるほど、羽生先生はその強さを示しだす。
しかし、今回の名人戦に限ってはその限りでは無かった。
複雑な盤面でも強い若人が、対面に立ちはだかっていたからだ。

渡辺明について

私の記憶が正しければ、渡辺明は、対羽生戦ではあまり横歩取りを指さなかったはずである。
通常の感覚や大局観が重視される角換わりや矢倉を好んで羽生先生にぶつけていた。
一方、異種感覚を必要とする横歩取りを羽生先生にぶつける棋士は少ない。
余程横歩取りの将棋に自信を持っていないと指せないからである。
強情性の高い丸山九段や、佐藤康光九段は羽生先生に横歩取りをぶつけている棋士である。
また、名人戦での戦いの多い森内九段も、いくつかの名局を残している。
(最も、森内九段はどちらかと言うと渡辺明よりで、羽生先生には矢倉か角換わりという程通常感覚での将棋が多かった気がする)

今後の将棋について

今後、天彦先生がどのような将棋指しになるかは分からない。
しかし、時代が変わる節目に立ち会えている事に間違いはない。

そう、それほど偉大な事を天彦先生は成し遂げたのであり、それほど偉大な事を羽生善治先生は成し遂げて来たのだ。

さて、羽生先生は弱体化したのだろうか。
最近の内容を見ると非常に悪い内容が多い。
確かに悪手は指していないが、それでも以前に比べるとプラスとなる手が少なくなっているように見受けられる。
羽生先生が弱くなったとは考えにくいが、それでも、かつての羽生先生らしからぬ将棋の内容が多い。
強情さが無くなったという訳ではなく、むしろ以前通りの強情さは残っているものの、それを上回る手でとがめられているという内容が多い。

つまり、端的に言えば、 羽生先生を上回る若手が増えてきた という事だ。

羽生世代は、以前から劣化が始まったと言われているが、その筆頭である羽生先生がついに衰え始めたのだ。
本人の実力が落ちたのではなく、若手の実力が上がるという形で。

現代将棋は、遂に羽生善治という偉人を超え始めたとも言える。

升田幸三が現代将棋の礎を築き、羽生世代がそれを成長させ、そして、今の若手が遂にその将棋を引き継ぐ形で伸ばし始めたのである。
現代将棋は、攻め重視の将棋だ。
序盤から、奪えるリードは積極的に奪っていく。
最も、そのリードの内容が変わっていて、駒得とか手得といった分かりやすいリードから、良い形や手番といった分かりにくいリードを奪う将棋にシフトしつつある。
仮に過去の将棋指しが現代の将棋を見ると、以前と変わらないじゃないかという局面はいくつかあるが、それでも水面下での多くの変化に関しては現代将棋が過去の将棋を全て上回っていて、そしてさらにその先まで突き詰めている。
断言できるが、今のプロ棋士ならば、最強と言われた全盛期の大山康晴にやすやすと勝つことが出来るであろう。
それほど、現代将棋は進んでいる。

最後になるが、佐藤天彦先生、名人奪取本当におめでとうございます。
三段リーグの頃からずっと注目していた棋士なだけに、心からお慶び申し上げます。
今後も、多くのタイトル戦に顔を出して、名人だけに満足せず複数のタイトルを取ってご活躍する事を楽しみにしております。

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