2016年6月1日水曜日

佐藤天彦名人誕生

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佐藤天彦名人誕生

shogi

昨日、名人戦第五局が行われ、弱冠二十八歳の佐藤天彦八段が新名人になった。
初戦を負けてからの四連勝での名人奪取。
将棋ファンなら、棋譜を見れば分かる通り、勢いで勝ったのではなく、内容面でも羽生先生を圧倒した将棋だった。
佐藤天彦先生(以下、天彦先生)は、ここ数年タイトル戦にも何度か顔を出し始めるようになったが、それまでの下積み生活がずっと長い先生の一人であった。
かつて三段リーグで、フリークラス入り宣言を行わずに三段リーグに留まり、実力で三段リーグを突破した強情さと確かな実力を兼ね揃えた棋士であったものの、なかなか芽が出なかった。

佐藤天彦先生の活躍まで

彼の実力が発揮され始めたのは2014年頃から。
B級2組を九勝無敗の無傷で駆け上がり、2015年はB級1組を十勝一敗で突破。
そして、昨年度はA級初年度ながら八勝一敗で名人挑戦、そして、名人奪取という恐るべきスピードで駆け上がった。
名人戦は非常に時間が掛かる棋戦である。
最速でも、C2→C1→B2→B1→Aなので、五年は掛かる。
天彦先生が四段になったのは2006年なので、十年掛かった計算になるが、それでも十年というのは並の棋士からすると、相当早い。
デビュー後七年で名人になった谷川浩司を別格とすれば、歴代でもかなり早い方である。
(最も、プロデビュー後十年以内で名人になった羽生善治(実質八年)、佐藤康光(九年)という化け物共が存在するので、天彦先生の記録は霞んでしまう)

歴史的瞬間

将棋ファンとしては、歴史的瞬間に立ち会えたのだという実感がある。
相手はあの羽生善治永世名人だ。
最近の将棋の内容は悪くなっているものの、唯一七冠独占を果たした男であり、今なお複数のタイトルを所持している規格外の将棋お化けである。
その羽生先生を相手に、天彦先生は果敢に立ち向かった。
ターニングポイントになったのは名人戦第二局。
並の棋士ならば、羽生先生のミスに気づくことは無かっただろう。
しかし、天彦先生は、そのミスに気づいた。たった1手のポカミス。
それを見逃さずに、逆転勝ちに持って行ったのだ。

これが、呼び水となり、以降は天彦先生有利の将棋が繰り広げられた。
内容も充実しており、実力で完全に羽生先生を上回っているのは、はたから見ても明らかであった。
しかし、相手はあの羽生善治だ。
最後まで油断することの出来ない規格外の化け物だ。
天彦先生は、最後の最後まで油断すること無く勝ち切った。

名人戦最終局について

最終局の将棋は、横歩取り後手番で、8四飛を選択。その後、歩の合わせから8五飛と引く珍しい形になった。
後手が一手損をしているのに、形としてはなぜか先手の模様があまり良くなっていないという非常に複雑な将棋だった。
この形で先手駄目ならば、もっと別の手をさらに先の方で選ばなければならないという程の内容である。
横歩取りは、専門外なので、僕自身自信を持って言えないのだが、それほど複雑な形の将棋だったのが印象深い。

横歩取りに強いという事について

天彦先生は、後手番横歩取りでの勝率が高い事で有名だ。
特にここ数年では負けのほうが少ないほど勝っている。
同じ形で勝っているのではなく、色々な形で勝っているのだ。
これは、横歩取りの序盤研究を深くしているという事と、終盤での強さを兼ね揃えているということの証左である。
横歩取りは、序盤からいきなり終盤になるような将棋が多く、将棋ファンの中でも相当コアな人でないと理解が追いつかない将棋の一つである。
手の損得はもちろん、駒の損得に関しても、通常の感覚を度外視した将棋が多い。
したがって、その意味を捉えるのが非常に難しい。
プロですら難しいと感じているその将棋を確実に自分自身の物としているのが、天彦先生の強さだと思う。

ちなみに、羽生先生が横歩取りに弱いかというと、そういう事は無く、むしろ横歩取りで1番強いのは羽生善治では無いかと言われるほどの鬼畜っぷりを示している。
盤面が複雑になればなるほど、羽生先生はその強さを示しだす。
しかし、今回の名人戦に限ってはその限りでは無かった。
複雑な盤面でも強い若人が、対面に立ちはだかっていたからだ。

渡辺明について

私の記憶が正しければ、渡辺明は、対羽生戦ではあまり横歩取りを指さなかったはずである。
通常の感覚や大局観が重視される角換わりや矢倉を好んで羽生先生にぶつけていた。
一方、異種感覚を必要とする横歩取りを羽生先生にぶつける棋士は少ない。
余程横歩取りの将棋に自信を持っていないと指せないからである。
強情性の高い丸山九段や、佐藤康光九段は羽生先生に横歩取りをぶつけている棋士である。
また、名人戦での戦いの多い森内九段も、いくつかの名局を残している。
(最も、森内九段はどちらかと言うと渡辺明よりで、羽生先生には矢倉か角換わりという程通常感覚での将棋が多かった気がする)

今後の将棋について

今後、天彦先生がどのような将棋指しになるかは分からない。
しかし、時代が変わる節目に立ち会えている事に間違いはない。

そう、それほど偉大な事を天彦先生は成し遂げたのであり、それほど偉大な事を羽生善治先生は成し遂げて来たのだ。

さて、羽生先生は弱体化したのだろうか。
最近の内容を見ると非常に悪い内容が多い。
確かに悪手は指していないが、それでも以前に比べるとプラスとなる手が少なくなっているように見受けられる。
羽生先生が弱くなったとは考えにくいが、それでも、かつての羽生先生らしからぬ将棋の内容が多い。
強情さが無くなったという訳ではなく、むしろ以前通りの強情さは残っているものの、それを上回る手でとがめられているという内容が多い。

つまり、端的に言えば、 羽生先生を上回る若手が増えてきた という事だ。

羽生世代は、以前から劣化が始まったと言われているが、その筆頭である羽生先生がついに衰え始めたのだ。
本人の実力が落ちたのではなく、若手の実力が上がるという形で。

現代将棋は、遂に羽生善治という偉人を超え始めたとも言える。

升田幸三が現代将棋の礎を築き、羽生世代がそれを成長させ、そして、今の若手が遂にその将棋を引き継ぐ形で伸ばし始めたのである。
現代将棋は、攻め重視の将棋だ。
序盤から、奪えるリードは積極的に奪っていく。
最も、そのリードの内容が変わっていて、駒得とか手得といった分かりやすいリードから、良い形や手番といった分かりにくいリードを奪う将棋にシフトしつつある。
仮に過去の将棋指しが現代の将棋を見ると、以前と変わらないじゃないかという局面はいくつかあるが、それでも水面下での多くの変化に関しては現代将棋が過去の将棋を全て上回っていて、そしてさらにその先まで突き詰めている。
断言できるが、今のプロ棋士ならば、最強と言われた全盛期の大山康晴にやすやすと勝つことが出来るであろう。
それほど、現代将棋は進んでいる。

最後になるが、佐藤天彦先生、名人奪取本当におめでとうございます。
三段リーグの頃からずっと注目していた棋士なだけに、心からお慶び申し上げます。
今後も、多くのタイトル戦に顔を出して、名人だけに満足せず複数のタイトルを取ってご活躍する事を楽しみにしております。

2016年5月27日金曜日

Google Chromeの開発ツールで、スマートフォン向けサイトのソースコードを表示する

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スマートフォン向けサイトのソースコード、どうやって見ていますか

どうも、お久しぶりです。
最近、全然こちらのブログに書くネタが無くて全くブログを書かない人になっちゃいました。
もっとも、趣味のとあるソシャゲに関しては毎日更新をしているので(文章力が上がるかどうかは別として)、アウトプットはギリギリできている感じです。
ただ、本質的なアウトプットでは無いので、今回はちゃんと意味があるアウトプットが出来るので、個人的には嬉しいです。

閑話休題

さて、最近は、スマートフォン向けサイトをデバッグする事が多いのですが、そのページのソースコードを見るのに四苦八苦していました。
普段は、Google Chromeの開発ツールを立ち上げて、こんな風にしてデバッグしています。

https://gyazo.com/235f6304401245471031f3c5208c08eb

分かりますでしょうか?
この状態で、メニューの「ページのソースを表示」を選ぶと、PCサイト向けのHTMLが表示されます。
巷のテクニックですと、view-source:を使うみたいですが、この手法すら知りませんでした(´・ω・`)
今までどうやっていたかというと、わざわざSafariを立ち上げて、そこでソースコードを表示すると、うまい具合に開発ツールにスマートフォン向けのソースコードが表示されるので、それを使ってほげほげするみたいなやり方をしていました。

リソースタブを使おう

Google Chromeの開発ツールには、リソースタブがあります。

https://gyazo.com/fc2db7b23bfec1d4ce451afe77364d27

これを活用する事で、スマートフォン向けサイトのソースコードを簡単に見ることが出来ます。

https://gyazo.com/52411dbf2b1981224e5070ee8d162a24

こんな感じです。 Framseの直下にあるhtmlを選択すればばっちり見えるという訳ですね。
多分、お手軽さでは、view-source:の方が便利なんだと思いますが、こういう方法もありますよーって事で。

以上です。

2016年2月6日土曜日

dockerをWindows10に入れたんだけれど、Hyper-Vが有効になっていて上手く動かなかったので、Hyper-Vを無効化したら上手く動いた

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docker周りをまた勉強しようとして環境構築してたんだけれど、初っ端で躓いた。 Docker Quickstart Terminalを立ち上げると、以下のエラーメッセージが表示された。

Error with pre-create check: "Hyper-V is installed. VirtualBox won't boot a 64bits VM when Hyper-V is activated. If it's installed but deactivated, you can use --virtualbox-no-vtx-check to try anyways"
Looks like something went wrong... Press any key to continue...

これを解消するには、Hyper-Vを無効化すれば良いっぽい。 Hyper-Vの無効化は下記の通り

  • エクスプローラーを立ち上げて、PCを選択
  • 右上の方にある、プログラムのアンインストールと変更を選択
  • 左側にあるWindowsの機能の有効化または無効化を選択
  • Hyper-Vのチェックボックスを外す
  • OKを押した後、Windowsを再起動

その後、もう一度Docker Quickstart Terminalを立ち上げれば、上手く動いた。

参考にした動画

https://www.youtube.com/watch?v=Y56boAsdptw

2015年11月30日月曜日

探偵小説の黒い水脈を辿る

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探偵小説の黒い水脈を辿る

秋の夜長を楽しんでいるでしょうか。1ヶ月ぶりぐらいのArc Cosineです。実はこちらのブログ以外のブログは適当に更新する豆さを発揮していたのですが、如何せん最近ネタが無くてこっちの更新が出来ていない状態です。

という書き出しをしてから、1ヶ月近くたった文章がこちらから始まります。
酷い。
その後、風邪を引いて頭が溶けそうになりながら、これを仕上げました。かなりの長文&Amazonリンク多めですが、この記事を通して多くのミステリを知って頂ければと思います。

探偵小説の黒い水脈とは

黒い水脈についてつらつらと書いてきます。
これは、かの埴谷雄高が、「ドグラ・マグラ」「黒死館殺人事件」と並べて「虚無への供物」を「黒い水脈」と呼び出したのが始まりだったそうです。
つまり、黒い水脈は

  • ドグラ・マグラ
  • 黒死館殺人事件
  • 虚無への供物

この三冊の事を指している言葉でした。
同時に、アンチミステリーという言葉も出てきましたが、これは後述します。
ミステリファンである僕は、古典と言っても過言でないこれらのミステリを読み、自分のミステリ観を完膚なきまでに叩き変えられました。
それほど、この黒い水脈の三冊は群を抜いて優れていて、同時に群を抜いて変わっていました。
変革であり、且つ本格でもあるそういう本です。
ミステリの枠をどれもこれも全て超越している、そういう三冊です。

ただ、そこに繋がるまでの本があり、それらを継いだ本があり、自分なりに黒い水脈について書きたいと思い、ここに書き綴る次第です。
ちなみに、探偵小説のと前置きしている通り、ミステリというよりはその少し前の探偵小説と呼ばれる小説が多く出てきます。
面倒なので、ミステリとひとくくりにしていますが、脳内で適宜探偵小説として変換してください。

黒い水脈の下敷きとも言えるグリーン家殺人事件

黒い水脈の下敷きになっていると言っても過言でないのは、S・S・ヴァン=ダインのグリーン家殺人事件です。
いわゆる、「館物」の原点でもあり、「衒学趣味」の原点でもあります。
これが、黒い水脈の一つ、黒死館殺人事件に強い影響を与えているのは、火を見るより明らかです。
犯罪者研究書がつらつら記載されているのが特に印象深い作品です。
内容はシンプルで古典的な推理小説ではあるのですが、本格推理小説の骨格をわずかながら保った作品とも言えるでしょう。

黒い水脈の水源、「黒死館殺人事件」

黒い水脈の水源とも言うべき作品は、小栗虫太郎の黒死館殺人事件でしょう。
先にも書いたとおり、この作品はグリーン家殺人事件を下書きとしているので、グリーン家殺人事件を読んだことがある人は、黒死館殺人事件の流れがそれに沿って描かれていることにすぐに気がつくはずです。
ですが、大筋には沿いつつも、黒死館は大きく逸れていきます。
あまりにも異常で、異様で、複雑な衒学が次から次へと生み出され、書きだされていき、果たしてどこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘なのかうやむやになっていきます。
最終的には事件そのものはどうでも良くなり、法水麟太郎が語る薀蓄そのものがどこまで本当なのかという点が1番の謎になっていきます。
これは、1934年発行で80年以上前に書かれた作品である事が信じられません。
悪趣味とも言うべき衒学趣味をここまで書き散らし、後世に名を残したのは、この作品の持つエネルギーというか狂気というべきか。
黒い水脈について知りたいと思っても、最初に読むことをあまりお薦め出来ない作品の一つです。
現在Kindleで無料で読めますし、青空文庫でも読むことが出来ます。

図書カード:黒死館殺人事件

もう一つの黒い水脈の水源、「ドグラ・マグラ」

もう一つの黒い水脈の水源とも言えるのは、夢野久作のドグラ・マグラでしょう。
その凝った構成、世界観の異様性、あらゆる箇所に巻きちらされる衒学趣味、そして信用出来ない語り手。
1935年、つまり今から80年も前にこのレヴェルの作品が書かれていたと考えると寒気がします。
この作品も途中から事件の事はどうでも良くなって、果たして自分が読んでいるこの本は何を訴えたいのだろうかという物語そのものが持つ力に巻き込まれる感覚を味わいます。
途中で出てくるチャカポコチャカポコも苦痛ですし、精神病院の本質とか、死美人の腐敗画像とか狂気の沙汰ですし、脳みそに関するトンでも理論などなど頭をぶん殴られる内容ばかりでこれを読んだら狂気を宿すと言われてしまうのも頷ける気がします。
そして、極めつけは話中でのループ構造+最後に最初にぶうううううんとループする物語構成。後の作品に色濃く影響を残す一つの要素です。
この作品も、黒い水脈について知りたいと思っても、最初に読むことをあまりお薦め出来ない作品の一つです。
こちらも現在Kindleで無料で読めますし、青空文庫でも読むことが出来ます。

図書カード:ドグラ・マグラ

黒い水脈の本流、「虚無への供物」

上記の二作品に影響を受けて、世に出されたのが中井英夫の虚無への供物です。
ドグラ・マグラの構成と、黒死館殺人事件の衒学を混ぜあわせ、ミステリ知識を熟成し、醸造した天帝への供物。
読みやすさは格段に上がっているにも関わらず、小説としては破綻寸前まで練りこまれているのがその特徴。
ドグラ・マグラと黒死館殺人事件という方向性の違う奇書を見事に混ぜあわせて昇華させたこの作品の登場により、前述した、「アンチミステリー」と「黒い水脈」という言葉が世に産み落とされたのは、あまりにも有名な話。
ミステリ知識をはじめとして、多くの薀蓄をばらまき、ミステリでお決まりの身勝手な推理合戦を行い、最後の最後でひっくり返すのはミステリ的でありながら、あまりにもミステリらしくない終わり方になっています。
ゆえに、「アンチミステリー」と呼ばれているのも頷けます。
中井英夫は、最上級のミステリを書きたかったのでしょう。しかしながら、書き進める内に自分が書きたい物に対する強烈な拒絶反応が出てしまったんだと思います。
ミステリが、非論理と論理を融合させようとした読み物であるからかもしれません。
人は、論理と非論理が対立した時、論理側に倒れる人と非論理に倒れる人がいます。
中井英夫は非論理に倒れる人でした。それ故に、論理的な解決をしたかったのだと思います。
虚無への供物は、中井英夫の魂の叫びをもってカーテンフォールします。
それを読み終わった時、この人はなんてミステリを愛しながらも、ミステリでないこの本を書いてしまった事を苦悩しながら醸造してしまったのだろうと思いました。

「小説は天帝に捧げる供物一行たりとも腐っていてはならない」

虚無への供物の有名な一文です。
これが、中井英夫の真意全てなのでしょう。

黒い水脈を辿るモノたち

以下、黒い水脈をたどり、自ら或いは他薦ながら「奇書」と呼ばれている本を挙げていきます。

異端児、匣の中の失楽

竹本健治によって書かれた匣の中の失楽は、その特徴的な物語構造と、現代知識をベースにした衒学趣味により、黒い水脈を見事に受け継いだ作品です。
個人的には、ドグラ・マグラの特色を色濃く受け継いだ作品だと思っています。
この特徴的な物語構造は、小説でしか実現しえない物語と言っても過言ではないでしょう。
それほど、これは異端児であり、本格ではなく変格と自信を持って言えるほどの複雑な作りになっています。

造語騙り、天帝のはしたなき果実

古野まほろ氏のデビュー作であり、自ら奇書と名乗るほどの変わった作品。
その文中には多くの造語や当て字がふんだんに使われていて、読む人をぎょっとさせる内容になっています。
黒い水脈を読み下してきた人にとっては特に違和感なく読めてしまうあたり、読者を選ぶ本ではありますが、その実、当て字類はデコレーションとして使われている事が物語を読み進めていくと分かります。
最後の解決部分は流石のトンでも落ちで、本格というより、やはり変格だと言わざるを得ないでしょう。
時代が進めば、これももしかしたら奇書と呼ばれるようになるかもしれません。

その手があったか、奇偶

山口雅也氏によって、「奇書」として世に出された作品。
はっきり言って、これも変格的で、ミステリである事を自ら否定しているミステリであり、虚無への供物の影響を色濃く受け継いだ書であります。
メイントリック部分は、説得力というより、トンデモで、「そんな馬鹿な」とつぶやいてしまうでしょう。
自ら奇書と名乗るだけあり、本格ミステリが好きって人が読んだら拒絶反応が出てしまう(敢えてそうしてるんでしょうけれども)作品だと思います。

奇書を書いてしまった、綺想宮殺人事件

芦辺拓氏によって、上梓された「奇書」の一つ。
芦辺作品にしては変な感じがする出だしから、本編の進み具合
解決編にてその全てが明らかになりますが、やっていることは紛うことなきアンチミステリー。
本人としては恐らくそうするつもりは無かったのでしょうが、本格の枠組みを超えたミステリを「書いてしまった」というのが実情では無いでしょうか。
黒死館殺人事件のパロディといえば可愛いでしょうかね。

元祖SFミステリ、生ける屍の死

こちらは山口雅也氏のデビュー作であり、奇書とは呼ばれていませんが、もし五冊目を挙げろと言われたら、僕はこれを推します。
何しろ「死体が生き返る」世界ですからね。めちゃくちゃですよ。
SFミステリの元祖、なのかもしれません。最も、先に挙げた黒い水脈がSFミステリの元祖中の元祖なのかもしれないので、なんとも言えませんが……。
解決方法も大変「アンチミステリー」で、僕好みな解決策だと言っておきましょう。

輝きでた新星、折れた竜骨&七回死んだ男

この二冊は奇書と呼べないですが、挙げておきたい二冊なので、書きます。

折れた竜骨は、米澤穂信氏のファンタジー本格ミステリという新ジャンルを開拓した作品。
しっかりと本格しているものの、ファンタジー要素を「ルール」に組み込んでいるあたりに、「奇書」っぽさがあります。
あとがきを読むと、「七回死んだ男」と「生ける屍の死」の影響を強く受けていることを作者が述べているのも納得です。

そして、西澤保彦氏の七回死んだ男は、SFミステリとして、生ける屍の死と並んで最高峰の作品なので、読むことをお薦めします。
こちらも、「とある設定」を「ルール」として組み込んでしっかりと本格として構成されている傑作です。
最も、奇書と呼べるほど狂っていないのがある意味残念な所です。

折れた竜骨も、「奇書」と呼べるほどのパワーが無いのですが、ファンタジーミステリとしてこれより素晴らしい作品を知らないので、ここに入れました。
詳しい方良い作品を教えて下さい←ぉぃ。

後継三冊

ここから、黒い水脈の後継作を書き連ねたいと思います。
要するに、僕が好きな作品の羅列です。
敢えて名付けるなら、 新・黒い水脈

  • 霧越邸殺人事件
  • 夏と冬の協奏曲
  • バイバイ、エンジェル

黒死館殺人事件の後継者、霧越邸殺人事件

綾辻行人氏と言えば、「十角館の殺人」か「Another」でしょうかね。
とは言え、かなり初期に記された霧越邸殺人事件は、上記二冊とは別格の奇書に属すると僕は判断します。
綾辻氏は、ミステリやホラーというイメージが強い人がいるかもしれませんが、本質は「幻視」小説家だと思っています。
そのアヤツジテイストが存分に出てている霧越邸殺人事件は、幻視小説であり、ミステリであり、アンチミステリーであり、黒死館殺人事件と虚無への供物を綺麗に受け継いだ稀有な作品だと思っています。
最も、読み手をかなり選ぶ作品ではありますが……。

ドグラ・マグラの後継者、夏と冬の協奏曲

麻耶雄嵩氏と言えば、「鴉」か「隻眼の少女」が有名でしょうかね。
他にも、翼ある闇とか蛍とか貴族探偵とか木製の王子とかまあ、要するに僕が好きな作家の一人で、殆どの著作を読んでいます。
全部めちゃくちゃひねくれて書かれているので、普通の人には全然楽しめない内容になっているのが良いですね(褒め言葉)
鴉と隻眼の少女は大変分かりやすい内容なので、割りと一般的ですね。
ユーモア小説として読みたいならば貴族探偵シリーズあたりをお薦めします。
その中でも、異端を放つのは夏と冬の協奏曲ですね。デビュー作の翼ある闇は黒死館殺人事件パロディで、綺想宮殺人事件をイメージさせる感じですが、その実、虚無への供物へのオマージュだったりするので(ネタバレ)、そっちは割りと奇書っぽさがありません。
この夏と冬の協奏曲に描かれている狂気はドグラ・マグラに通じるものがあります。
話中のループ構造(ネタバレ)が、ドグラ・マグラを彷彿とさせますが、その真実を推理した時の脅威というか狂気というべきか、その辺にドグラ・マグラの影響を感じます。
もちろん、物語の解決部分もぶっ飛んでいて、素直に物語を読んでいると「それは反則だろ!!」と叫ぶこと間違いなし。
この辺の不条理さを含めて、ドグラ・マグラの後継者でしょう。

作家本人は否定するかもしれないが、虚無への供物の後継者、バイバイ、エンジェル

笠井潔の矢吹駆シリーズの第一作。
これが虚無への供物の後継と言われた多くの人に叩かれそうですが、これ以外に虚無への供物の「精神」を受け継いでいる作品は無いと思うんですよ。
ミステリを通して、ミステリ以外の物を伝えようとするその精神はまさしく虚無への供物的アプローチ。
もしかしたら、今後この部分は別の後継者が出てくるかもしれないけれど、現状ではこの作品が最適という結論です。

最後に

とまあ、ここまでつらつらと書いてきましたが、ミステリの本格よりも変格が好きな僕の好みをただ書き連ねた記事になりました。たまにはこういう変格物を読んで、秋の夜長をお楽しみください。

2015年9月13日日曜日

一人ボーリングしてきました

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奇跡の連日更新(クズ発言)

最近ブログで技術ネタを書かないArc Cosineです。
実は、とっても便利なinsertBefore関数というタイトルの記事を裏で書いていたのですが、Qiitaに上げた方がええんちゃうん?という天の声を聞いたのでそっちに書く予定です。
「予定というのは確定では無いため、いつまでたっても予定のままである」
誰のセリフだ馬鹿。

一人ボーリングしてきました

Bowling

ふと思う事があって、一人ボーリングしてきました。
久々にやりましたね、一人ボーリング。
投げるのも久々だったので、翌日の今現在筋肉痛でバキバキですが、目覚めが割りと良かったので、やっぱりスポーツ(笑)するって大事だなぁって思いました(小並感)
スコアは酷いもので、アベレージ100ぐらい。
スペアが取れない、ストライクが取れない、ガーターどかーん、おおぅって感じで。
まあ、でも最後のゲームはスコア120超えたので個人的には満足。
いつぞやにはハイスコア165とか出したことあるので、その数字を超えられるように頑張りたいですね。

ボーリング小ネタ

人によって色々だと思いますが、僕はセンターからやや右にズレて立って投げるほうが良いです。
いつも2番めと3番目のスパットの間を狙うようにしていますが、中々そこをボールが通過しないんですよね。
まあ、それが面白い所ではあるのですが。
使うサイズは13ですが、腕力が戻ったら14を使いたいです。
もうかなり衰えています(´・ω・`)。悲しみ。

一人ボーリングの楽しみ方

当たり前ですが、かなりのハイペースで投げることになりますので、程々に休みを取りつつやるのがベター。 3回投げたら1回休憩みたいなリズムでやると良いのかもしれません。
僕は5回投げたら1回休みという感じでやりました。アホですね。

お値段。

3ゲームで2200円ほどでした。
場所が特定されるかもしれないのでお茶を濁しておきます。
運動せねば

2015年9月12日土曜日

馬鹿高いパケット料を払わないための5つの方法

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ホッテントリへの反応

Smartphone Evolution

DoCoMoって俺の事舐めてない? スマホのキャリア乗り換えについて - 今日はヒトデ祭りだぞ!

まずは↑の記事をどうぞご覧下さい。
この部分の根幹的な所の問題は2008年くらいから僕は主張している。

一貫して、 パケット通信料が高すぎるボケ という主張です。
もうね、MNPがどーだとか本体料金がどーだとかその辺はかなり改善されたから僕は何も言いません。
未だに問題なのは高すぎるパケット料金。
通信費は年々安くなるどころか高くなっている一方。
これは長期ユーザ、新規ユーザ問わず誰もが高いパケット料金をいやいやながら支払っています。
昨今は、従量制になった上に値段も上がるという誰がそんなクソみたいなプラン契約すると思ってるんだよバカジャネーノと上海あたりに貶される料金プランをどのキャリアも平然と出してきています。
俗に言う殿様商売ですね。
またこれに対して一定数が「まあ、ローン組む分だと考えれば安いや」って妥協してアホみたいにパケット料金払っているからこの悪循環が終わらない。
じゃあ、どうすればその悪循環を止めることが出来るか。

  1. スマホ本体を一括で買う
  2. MVNOのフリーSIMを活用する
  3. SIMフリー端末でテザリングする
  4. モバイルWiFiで通信する(具体的にはWiMax。WiMax+は詐欺なので、WiMax大事)
  5. 自宅に固定回線がある場合、そちらを積極的に活用する

のような対策手段を取ることで、この悪循環を断ち切ることが出来る。

スマホ本体を一括で買う

分割払いは別の方法でやればいいのです。キャリアにパケット分として払うと結局キャリアの腹の皮を膨らませるばかりです、悪循環が止まりません。
もちろん、ユーザ側が血を流すこの方式はかなり辛い物がありますが、今まで血を流さないで来たのだから、これを機会に携帯がどれほど高価な物かという事を改めて認識しなおす必要があります。

MVNOのフリーSIMを活用する

キャリアのSIMで通信しないという手法です。MPNしてMVNOのフリーSIMに行くのも良いのですが、2台持ちにして、キャリアのSIMは通話及びSMS専用にするというのが良い方法だと僕は思っています。
クソ馬鹿高いパケット定額(笑)を契約するメリットは全くありません。
理想はMPNする事ですが、家族割引や家族間通話でのメリット等があるので、通話専用として使うという方式がオススメです。
尚、とあるキャリアはパケット定額絶対抱き合わせ商法をしてるっぽいので、そういう場合は迷うことなくMNPしちゃいましょう。出来れば家族全員で。

SIMフリー端末でテザリングする

MVNOのフリーSIMぶっこんだ端末でテザリングして、通話用のスマホで通信するという方式を取るのが結構オススメです。
動画をガンガン見る、とかアホみたいに思い3Dデータを読み込むという事をしなければ、格安SIMと呼ばれるSIMでもかなり快適なモバイルライフを送ることが出来ます。
ちなみに、オススメはIIJMioミニマムスタートプラン。速度がそこそこ出ますし、かなり安定しています。
僕は先日購入したZenfone2に入れて使っていますが、1ヶ月で3GBも消費しませんでした。
ご参考まで。

モバイルWiFiで通信する(具体的にはWiMax。WiMax+は詐欺なので、WiMax大事)

WiMax+は速度制限してるクソキャリアなので、WiMaxで契約しましょう、出来るのならば。
同じ会社ながら何故かWiMaxだけは抜け穴のように速度制限なし、パケット定額サービスという謎の良心的サービスを行っています。
動画を大量に見ても、全く問題ない速度で見ることが出来ます。
下手したら固定回線よりも速いスピードを維持してくれます。
よほど大量にデータをやり取りしないかぎりは、そして電波が届くならばWiMaxでしばらく凌ぐというやり方はあると思います。

自宅に固定回線がある場合、そちらを積極的に活用する

これは家族で住んでいる人を想定していますが、固定回線を契約している場合、WiFiルータ買って、WiFiを家中に飛ばして、家の中にいる時はそれで通信するようにすることで、無駄なパケット消費を抑えることが出来ます。
まあ、大体の人がやってることだとは思いますけれどね。

まとめ

結局、情弱と呼ばれる人種はひたすらに搾取されるだけなので、ふざけるなって感じですよね。
この記事を読んで自分が騙されていたと思った方は是非↑のやり方を一つ一つ検討してみてください。
キャリアのパンフレットを持ってきて、抜け穴を探してみてください。
パケット通信契約と、通話契約は基本別々として考えるならば、今まで馬鹿みたいに吸われてきていたパケット通信料を半分以下、場合によっては1/10以下に抑えることが出来るようになります。
それを実現するのは大変面倒くさい事ですい、考えることがいっぱいあります。
でもそれを怠ってきたから、騙されて養分扱いされてるって事をお忘れなく。

個人的な感想ではあるのですが、日本のキャリアはなんというか、悪になりきれていなくて、結構抜け穴を用意してくれています。
なので、その抜け穴を見つけ出して活用しましょう。
通信に関する基礎的な知識を身につけましょう。
与えられた情報に満足するのではなく、本当に自分にとって大切な情報を探し出しましょう。
そうする事で、ようやく養分を卒業出来ますので。
皆様のご検討をお祈り申し上げます。

2015年8月31日月曜日

8月の最終日にブログを投稿するクズ

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正確な知識

久々のブログでございます。
最近パ○ドラブログばっかり更新していて、こっちを放置するという生粋のクズです。

流石に8月に何もブログ書かないのヤバイだろー。っていう謎の意識の高さから、最近ちょっと考えていた事をずらずらっと書き散らします。
チラシの裏に書かれたメモ並に特に価値はございません。

教育システムについて

知識というのは、多ければ多いほどベネ(良し)というのが、僕の持論です。
とはいえ、他人にはそれを要求しないというダブルスタンダードよろしくふざけてるのかお前って言われる程度には矛盾した思考回路ではあります。
基本的に、この日本においてある程度の知識というのは義務教育制度を経由して程々に教えられます。
とはいえ、その「ある程度の知識」の範囲が適当すぎるというのは多くの方が認識している通りです。
知らなくても良いことを何で覚えなくちゃいけないのかと学生時代に思った方は数多くいらっしゃるのではないでしょうか。
そして、その謎の知識を抱えたまま社会に放り出されて、結局勤め先で新たな知識を習得してようやく社会に溶け込むという割と効率の悪い教育制度がまかり通っています。
この教育制度、確かに効率は悪いのですが、本人に何を学びたいかという選択肢を増やすという意味では非常に優れており、それを早い段階で見出すことが出来ればそのジャンルへ邁進できるという構造になっているので、結局のところ、本人及び親がどう選択していくかという所に依存しているのですが、如何せんそういう構造だって事を理解していない人間が殆どなので、あまり動く動いていないというのが現状です。
教育を施す人は、基本的に他人が自分と同レベルの意識を持っているみたいな謎の思い込みをそろそろ捨てたほうが良いのではないでしょうかね。

閑話休題。 知識に関して、自分がどれほど知っているのかというのは大変大切なことではあるのですが、自分がどれほど知らないのかを知っているのは、どれほど知っているのかと同じくらい大切なことです。
俗に言う、「無知の知」です。
自分が知らない事に関しては、いくつかの選択肢があります。

  • 知らないことを認め、それについてきちんと学習する
  • 知らないことを認め、それを知っている人に頼る
  • 知らないことを認め、それに関して関わらない
  • 知らないことを認めず、それについて知っている人を困らせる
  • 知らないことを認めず、それに関して関わらない

大体において、上の3つに関して多くの人がアプローチする方法だと思います。
自ら学ぶか、他の人に任せるか、関わらないか。
どの方法も、処世術として、至極普遍的な事であり、有効な方法です。
昨今は、知らないことを認めない上に知っている人を困らせる方々が散見されますが、それだけ困った人が目立つようになった社会になったのでしょう。
以前からそういう人は一定数いたのですが、その人の声の範囲はせいぜいその人が住んでる地域レベルでしたが、インターネットの普及により、全国規模で広まる可能性がぐっと高まったため、その声が全国レベルになったというのが僕の認識です。

無知は悪なのか

上記の文章を読むと、無知である事が悪のような書き方ですが、僕はそうではないと思います。
無知で良い分野というのがあるからです。
例えば、

  • 人を殺める方法
  • 人を騙す方法
  • 人や動物を痛めつける方法

どれもこれも悪徳と呼ばれるもので、知らなくても良い事ですし、知る必要も無いことでしょう。
そういう分野に関しては無知で構わないと思っています。
しかしながら、無知だと困る分野もあります。
社会や、近隣の人を傷つけたり、困らせたり、場合によってはそれと知らなくても騙してしまったりする事柄です。
端的に言えば、自分が良く知らない分野について、適当に書かないという事ですね。
プログラマ界隈では、そういう人は叩かれたり、訂正されたり、反省の色が見えなければアカウントをBANされたりしているので、割りと健全な方だという認識です。
しかしながら、それ以外の分野に関しては結構危ないというか危うい内容の情報がたくさん溢れていると見受けられます。
まあ、僕自身プログラム以外の知識が皆無に近いのでどの分野とは言いませんが、素人レベルで「え、マジでこんな事信じてるの?理科習ってるの?算数って知ってる?」という情報がぽこんと出てきたりしてビックリすることがあります。
いづれにせよ、知ったかぶりは良くないです。また、ネットの情報を鵜呑みにするのは危険です。

先程も書きましたように、プログラム界隈では割りとその辺が健全なので、多くの場合ある程度は信じても大丈夫です。
とは言え、その情報を書いてる人間が想定していない条件や状況、環境やスペックがあるので、試してみる時は、自分で一から学ぶ心づもりで挑戦するのが良いと思います。

とっておきの方法

最後になりますが、とっておきの方法を一つお教えします。
情報が本当かどうかを知るには実際に試せばそれが本当かどうかを判断することが出来ます。
プログラムの場合、ソースコードを実際に書いてみて実行することで試すことが出来ますね。
このブログのように概念論だけをただつらつら書いているブログは基本的に役に立たない情報なので、すぐに忘れても良いですし、重要度は低いという事を銘記していただければ幸いです。
結論:こんなブログ読むよりもっと良い情報はありますよ。
お後が宜しいようで。